登山中、ふと「来た道がわからなくなった」と気づいたとき、そこから“遭難”は始まります。
毎年、道迷いによる遭難事故は全国で数百件発生しており、初心者からベテランまで誰もが直面しうるリスクです。
この記事では、実際に道に迷って救助された登山者の体験談をもとに、なぜ遭難が起きるのか、どう備えるべきかを分かりやすく紹介します。
「少し歩けば戻れるだろう」「この道っぽい」といった判断が、命取りになることも。
道迷い遭難を防ぐには、地図やアプリだけでは足りません。
この記事が、あなたやあなたの大切な人を守る登山の備えになりますように。
道迷い遭難とは?その実態と背景

登山事故の中でも最多の原因、それが「道迷い」
登山中の遭難事故で最も多い原因が「道迷い」だと聞いて、驚く人もいるかもしれません。
滑落や転倒、天候悪化なども深刻なリスクですが、実はその入口の多くは「正しい道がわからなくなること」から始まっています。
警察庁の山岳遭難データによれば、毎年報告される遭難事故のうち、約4割が道迷いを起因としています。
たった一本の分岐、判断ミスひとつで、それまでの計画や経験が通用しなくなる。
登山における「道に迷う」ということは、それだけで命に直結するのです。
経験豊富な登山者でも油断は禁物

「10年登っていても、迷うことはある」
これは実際に山での遭難を経験したベテラン登山者の言葉です。
経験や知識があっても、山の中では地形の変化や天候の急変が予想を超える場面があります。
慣れた山、何度も通った登山道でも、落ち葉に隠れた分岐、踏み跡の分散、看板の風化などによって方向感覚を失うことは珍しくありません。
「大丈夫だろう」と進んでしまった先に、戻れない現実が待っている――それが山の怖さです。
登山道から外れた瞬間、すでに遭難が始まっている
「少し戻ればすぐ分かるはず」と思って足を進めたとき、その判断が事態を悪化させていることに気づくのは、たいていもっと後になってからです。
多くの遭難者が口にするのは、「最初は焦っていなかった」という言葉。
ところが、“来た道”がどこだったかあいまいになり、進んでも風景が変わらず、不安が積み重なっていきます。
次第に頭の中はパニックに近い状態になり、冷静な判断ができなくなるのです。
中高年の単独登山が特にリスク高

特にリスクが高いとされているのが、中高年層の単独登山です。
身体的には元気でも、視力や筋力の衰えにより、わずかな地形の変化や目印の見落としが命取りになります。
また、誰かと一緒なら判断を共有したり、危険を防ぐ会話ができますが、一人だとそのブレーキが効きません。
「体力があるうちに抜け出そう」と動き続けてしまい、さらに状況が悪化する――これは典型的な“悪循環パターン”です。
「まだ大丈夫だろうという」「少し迷ったがすぐ来た道に戻るだろう」という考えが悪循環を生みます。
実録!道迷い遭難の体験談3選

登山歴1年の女性が道に迷った日の記録(関東・低山エリア)
ある秋の日、登山歴1年の女性が都内近郊の低山へ出かけた。天気も良く、整備された登山道。
「初心者向け」と書かれていたそのルートで、彼女は思わぬ事態に直面する。
分岐点に差し掛かった際、スマホのGPSが読み込み中のまま固まり、地図アプリも使えない。
「たしか、こっちだったはず」と勘を頼りに進んだ結果、気づけば明らかに人の通っていない踏み跡に入っていた。
彼女はその場で立ち止まり、元の道へ戻ろうとするが、来た道がどこか分からなくなっていた。
最終的に彼女は、YAMAPに残っていたログの一部と太陽の方向を頼りに下山し、無事に下界へ戻ることができた。
地図もコンパスも持っていたのに…50代男性のソロ登山の落とし穴(中部山岳)
登山歴20年の男性が、ある夏に単独で中部地方の山に入った。
地図もコンパスも携帯しており、ルートも何度か登ったことのある山だったという。
しかし、尾根道を下る途中、見覚えのない分岐が現れた。
「ちょっと覗いてみよう」と進んだ先に小さな沢があり、その周辺で道を見失う。
男性は数時間迷い続けた末、自力で戻ることができず、最終的には警察に通報。
救助隊が到着したのはその日の夜遅くだった。
「まさか自分が遭難体験をするとは」と語る彼の言葉は、ベテランでも“油断”すれば陥ることを物語っている。
山岳部出身の大学生が体験した「仲間といても迷う恐怖」
大学の山岳部に所属する学生3人が、グループで北アルプスの山を登っていたときのこと。
濃霧により視界がほぼゼロとなり、GPSの位置情報も狂い始めた。
チームで相談しながら行動していたものの、「来た道」が分からなくなり、見覚えのあるはずの道標も見つからない。
体力も徐々に削られていき、焦りと寒さで判断力も鈍る。
幸いにも、登山口に近いエリアで電波が届き、家族に連絡を取ったことで山岳救助が出動。
3人とも無事に下山できたが、「複数人いても、迷うと怖い」と全員が語ったという。
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道迷いを防ぐための準備と注意点

登山前の「準備不足」が命取りになると思っておく
登山は準備がすべてです。
実際に遭難した人の多くが、「地図をちゃんと見ていなかった」「コースタイムを把握していなかった」と振り返っています。
特に単独登山の場合、登山計画書を提出しない、下山時間を決めないといった油断が事故に直結します。
登山口から登る前に、天気、ルート、標高差、避難ポイントなどを再確認しておくことが重要です。
道具に頼りきらないことも大事
最近はスマートフォンの登山アプリ(例:YAMAPやジオグラフィカ)が広く使われています。
しかし、バッテリー切れやGPSの不具合、圏外などで情報が取得できないケースも多くあります。
紙の地図やコンパスの併用は、トラブル時の心強い保険になります。
また、ヘッドライトや予備バッテリーも携帯しておくことで、暗くなっても冷静に行動できます。
心構えと「迷ったときの鉄則」を持っておく
「迷ったかもしれない」と思った瞬間に立ち止まる。これが基本中の基本です。
そのまま進むことで状況が悪化するケースが圧倒的に多く、戻れなくなったり夜間を迎えてしまうリスクがあります。
落ち着いて深呼吸し、「来た道」を丁寧に思い出すこと、体力を温存することが第一です。
また、登山道から外れた場合には登って戻るよりも、無理せず下って道を探すほうが見つけやすいという声もありますが、場所によっては滑落リスクもあるため、慎重な判断が必要です。
役立つ資料と書籍|体験から学べる「読む遭難」

実話から学ぶ生還術『ドキュメント 道迷い遭難』(羽根田 治・著)
山のリアルな遭難事例を描いた『ドキュメント道迷い遭難』(羽根田治・著)は、登山者必読の一冊です。
実際に救助された人々の「なぜ迷ったのか」「どう行動したか」が克明に記されており、登山中の判断の難しさや迷ったときの心理状態がリアルに伝わってきます。
この書籍では、奈良県で発生した事例なども収録されており、「自分だったらどう行動していただろう」と読者に問いかけてくる構成です。
道迷いだけじゃない、生と死のはざまを記録する『ドキュメント生還』シリーズ
同じく羽根田治氏による『ドキュメント生還』シリーズも非常に人気のある作品です。
滑落や悪天候、そして単独行のリスクまで、多様な遭難パターンが記録されており、登山者だけでなく読者としても読み応えがあります。
中には「遺書」を書いたうえで救助されたというエピソードもあり、遭難という事象の深刻さが伝わってきます。
ヤマケイ文庫の特集記事や参考資料も有益
「山と溪谷(ヤマケイ)」が発行するヤマケイ文庫シリーズでは、定期的に道迷いや登山事故に関する特集が掲載されています。
遭難事例の地図付き解説や、登山者へのアドバイスなど、実用性の高い情報が詰まっています。
登山前の“参考書”としてチェックしておくと、自分の判断の甘さに気づかされるかもしれません。
登山事故の件数と傾向(最新データ)

道迷いは件数の40%以上を占める圧倒的最多要因
警察庁が発表している2023年の山岳遭難データによると、**登山事故のうち道迷いは約43%を占めており、最も多い要因です。
滑落や転倒よりも多く、「誰にでも起こりうる事故」**として認識する必要があります。
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なぜ?山で遭難しても見つからない理由|遺体・保険・家族の現実と備える方法とは
単独登山が事故につながりやすい傾向も強い
また、遭難者の中で単独登山者が占める割合は全体の6割以上にものぼります。
「自分は大丈夫」「何度も来ているから平気」——そうした油断が、思わぬ事故につながるのです。
道迷いを防ぐための準備と注意点

装備とアプリ(YAMAP・地図アプリ)
近年はスマートフォンアプリによって、登山道の位置や現在地を手軽に確認できるようになりました。
中でも**「YAMAP」や「ジオグラフィカ」などの地図アプリ**は、事前に地図をダウンロードしておけば圏外でも使用可能です。
ただし、スマホはバッテリー切れや落下で使えなくなるリスクもあるため、紙の地図とコンパスの併用が鉄則です。
また、ライト・モバイルバッテリー・行動食・レインウェアなどの装備は、遭難時に命を守る備えになります。
登山計画と事前のルート確認
「道を間違えた」「迷った」といった事故の多くは、そもそもルートをよく知らずに登っていたケースが多いです。
登山前には、登山口・コースタイム・分岐・エスケープルート・標高差を確認し、万が一に備えた登山計画を立てましょう。
特に単独登山の場合、登山届を出していなかったり、山の情報を調べずに入山するケースが目立ちます。
予定変更や悪天候の兆候があった場合も含めて、計画的に「下山判断」できる備えが大切です。
単独登山のリスクと「下山時の錯覚」
道迷いの多くは「下山時」に発生しています。
登りで通ったはずの道が、下りではまったく違って見えることがあるためです。
疲労や油断、焦りによって注意力が散漫になり、“来た道と似ている別ルート”に入ってしまう錯覚に陥ります。
また、登山道から外れてしまったことに気づかず進んでしまうのも、単独登山に多いパターンです。
周囲に相談できる人がいないため、判断ミスがそのまま事故へと直結するリスクがあります。
特に下山路では、「来た道と似ている」「なんとなく覚えている」といった曖昧な記憶が判断ミスを招きやすく、道迷いの発端になることが少なくありません。
遭難してしまった場合の対処法

まずやるべきこと|慌てない、動かない
「迷ったかもしれない」と感じたら、絶対にやってはいけないのが“闇雲に動くこと”。
焦って動き続けると、ますます現在地がわからなくなり、体力も消耗します。
まずはその場にとどまり、深呼吸して落ち着くこと。この時点で焦って動いてしまうと焦っていて更に悪いパターンになったケースも多いです。
来た道を振り返る、時間帯を確認する、地図アプリ(YAMAPなど)や紙の地図で現在地を確認してみる。
この段階で少しでも心配なら、“無理せず引き返す”判断が命を守ります。
救助要請の手順|山岳救助・通報方法
どうしても現在地がわからず動けない、下山が不可能と判断したら、早めの救助要請が重要です。
スマホが使える状況であれば、110番・119番どちらでもOK。
山岳遭難では110番(警察)のほうが対応が早い場合が多く、GPS位置情報の送信にも対応しています。
電話が通じない場合に備え、登山届や家族への事前連絡、位置情報共有アプリの使用が生きてきます。
事前に**「位置情報を共有できるアプリ(例:かけつけSOSなど)」**をインストールしておけば、万一のときにも家族や友人が位置を把握できます。
命を守るための「日目」「目印」の活用
動けない場合や、救助を待つ場合は、自分の位置を示す工夫が必要です。
「日目(ひめ)」とは、地面に枝や石で矢印やSOSの文字を書くサインのこと。上空からのヘリや、捜索隊の視界に入りやすい位置に大きく作ります。
その他、目立つ色の服やタオルを木にくくる、ヘッドライトを点灯するなども有効です。
周囲の「目印」となるものを残すことは、自分の位置を示すだけでなく、あとから自分が戻る際にも役立ちます。
登山中に“違和感”を感じた瞬間に確認すべきこと

- 太陽の位置や時間帯が想定とズレていないか
- 歩いている方向が、地図と一致しているか
- 道が明らかに荒れていないか
- 登山者の声や足跡など、人の気配が消えていないか
こうした違和感は、道迷いのサインです。
ひとつでも該当したら、すぐに立ち止まり、状況を再確認しましょう。
道迷いは、初心者だけでなく中・上級者でも起きます。だからこそ「自分は大丈夫」と思わず、備えと行動を見直すことが大切です。